智

2015/09/23

「覚園寺&明王院 仲田ご住職のお話が聞きたい!②『守り守られ明王院』の巻」

覚園寺と明王院、二つのお寺のご住職である仲田昌弘さんのお話。今回は、ご次男の仲田晶弘さん(しょうこうさん=写真)が副住職をされている明王院について伺います。

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熊野の神さまに繋がるといわれる「十二所(じゅうにそ)神社」があることから、「十二所」と呼ばれる地域。明王院は、この鎌倉北東エリアにあります。にぎやかな中心地から少し距離がありながら鎌倉幕府との縁が深く、鎌倉で唯一、五体の明王像をお祀りしている名刹です。

ボンズ・チーム(以下、ボンズ)
明王院さんのある十二所というのは、どのような土地でしょうか?

仲田昌弘ご住職(以下、ご住職)
十二所は、鎌倉幕府から見て鬼門の方角ですね。鬼門除けの祈願所として幕府の四代将軍藤原頼経によって1235年に立てられたのが明王院です。

仲田晶弘(しょうこう)副住職(以下、晶弘さん)
要は、朝比奈の峠からの入口。よく言えば鎌倉の玄関口ですよね。悪くいえば、鎌倉の一番はずれなんですけれど、僕たちは鎌倉の入口だと思っていて(笑)守りの要になるから、武家屋敷が多かったと言われていますね。そういうところには、大きめのお寺や、療養所が作られた。
たとえば極楽寺さんは、鎌倉の南西方向の入口で、忍性(にんしょう)さんというお坊さんによって、お寺の中に、ものすごく大きな総合病院のようなものが造られていました。

ボンズ:一般向けの病院ですか?

晶弘さん:もちろん。普通だったら打ち捨てられてしまっていたような癩病の方たちも、隔離政策ではなく一カ所に集めてどうやったら良くなるんだろうということをやっていたり、当時は薬とされていたお茶を、病気の人たちに振る舞ったという記録が残っているんです。

ご住職:忍性さんっていうのは、極楽寺を開く前、ここ明王院の住職だった。それから浄妙寺へ行って、極楽寺。
明王院には、収蔵庫に入る脇のところに、治療薬としてお茶を挽く石の臼と壷、石の壷がありますよ

晶弘さん:当時の人たちは、鎌倉に歩いて来るから、皆びっくりするわけですよ。鎌倉に来ると、総合病院があって、たぶんしばらく歩くと、見たこともないような大きな仏殿があって、その中にはどうやって作ったんだろう?というような大仏さまがいらっしゃって、今でいうスカイツリーのような。でもスカイツリーは700年後に残っているかどうかわからないですけれど、大仏さまは今でも残っている。感覚的には今の我々よりもその当時の人たちの方が、先を見ていたのかもしれませんね。

ボンズ:一千年残るものを造ろうという気概を持つことって、今は難しいですよね。
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ご住職:その頃のお寺というのは、すべてがだいたい、今の市役所や公共施設の代わりをやっていたところなんです
明王院の境内に入って来てすぐ見える裏の崖は、このお寺を造るために山を削った、いわば土木事業によるもの。崖の所にお寺を造ったのではなくて、山があるところに将軍がお寺を作るぞということになって山を削って造った、人工の崖だそうです。

ボンズ:公共事業ですね

ご住職:今でいう戸籍は、全部お寺が管理していて、お寺に"この村の誰それ"と言ったらすぐわかるようになっていた。それから檀家制度が作られたり。

晶弘さん:ただ鎌倉時代の後になると、幕府が移っちゃいますから、どこのお寺も苦しい思いをしたでしょうね。もとあった地所を売ったり、場合によっては仏さまを売ってしまったり、お道具を売ってしまったりしながら何とか伝えてきて今があるという...
明王院も、檀家さんがいない(お墓を持たない)お寺でどうやってきたのか、今もどうやっているのか?(笑) とよく言われますが、もう地元の方たちが守ってくださいましたね。それは本当にすごいなと思いますね。

ボンズ: それって、お寺を地域が守っているっていう考え方ですよね。今私たちにはそういう考え方ってなかなかないけれど、たぶんこの十二所の土地にはすごくそれがあるんですね。

ご住職:あなたたちは、守るものが多過ぎるんですよね。ウチは守るものはただ仏さまだけだから。

ボンズ:そういう考え方がもっと広がると...

晶弘さん:もう本当に。つい最近、ご本尊の不動明王さまの像が重要文化財指定になった時も、文化庁の人が最初に言ったひとことが「よく残っていましたねー」と。「よくお檀家さんもないのに、仏さまを売ることも盗まれることもなく、よく残っていましたね。」って、シツレイな!って思いましたけれど(笑)

ボンズ:地元の方が何はあってもこの仏さまだけはって、守って来られたんですね。

晶弘さん:住職が来る前は、専任住職がいなくて、金沢区の方が兼務していたけれど、ほとんどお寺に来ないという...

ボンズ:すごい。そんな状態で。

晶弘さん:その意識はね、たぶん今も、お寺を手伝ってくださっている方たちは持っていらっしゃいますね。
仏像の中に「造立名刹」という、どういう経緯でつくられたか書かれた札がよく入れられているのですが、不動明王さまの中からも出てきました。寄附してご奉納してくださった方として、浄妙寺村の誰それというお名前も載っていた。そこで、こんなのが出て来ましたよ、とお寺を手伝ってくださっている方たちにお話したら、しばらく皆さんシーンとして、「すまなかった」と...「その頃は十二所は農家だったから、そこまで余裕がなくて、仏さまをちゃんとお寺に奉納できなくてすまなかった」って仰るんですよ。いやいやそんな、そういうコトを言っているのではなくて、こういうのが出て来たっていうだけお話したくて、いやあの...と紹介した僕がすごく焦ってしまって(笑)
でもそんな風にお寺に関わってくださって、本当にありがたいなと思いました。そういう土地柄なんですよね。

ご住職:この土地で、それに恥じることをしては絶対にいけないな、という思いが自分の中にありますね。お寺はたくさんあるけれども、ここの土地の人たちは、まずここを先に考えてくださるし、私がもし何か失敗したとしても、土地の人が皆かばってくれる。変な噂が立っても、「うちの和尚はそんなことしない」と誇りに思ってくれている。

晶弘さん:僕はまだかばってくれないだろうな。「あー、やっぱり」って言われるだろうな(笑)

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ボンズ:鎌倉は特にお寺は多いですよね。

晶弘さん:例えでいうと、コンビニよりたくさんありますね。日本全国のお寺の数って、たしか今コンビニも抜いてしまっているかもしれないんですけれど(笑)

ご住職:宗教法人とっているお寺は全国でだいたい8万5千くらい。
鎌倉のお寺は、120くらいありますね。

晶弘さん:その中で、わざわざ選んで来てくださっていると思うと、もう本当に、お詣りにいらっしゃる方にはどの人にも運命感じちゃって(笑)

ボンズ:すごい(笑)

鎌倉の賑やかな中心地から少し離れたところにある明王院。だからこそ、お詣りにいらっしゃった方の心には、しっかりとお寺が刻み込まれていきます。
立派な茅葺きの本堂では、毎月28日護摩法要が行われ、どなたでも参加することができます。
次回は、お寺で「祈る」ということについて。ぐっとテーマが深くなります。
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■明王院(飯盛山寛喜寺はんせいざんかんきじ明王院)通称「五大堂」
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真言宗御室(おむろ)派
1235年四代将軍藤原(九条)頼経によって建てられました。
鎌倉幕府の鬼門除けとして祀られた五大明王は、不動を中心に、東に降三世(ごうさんぜ)、西に大威徳(だいいとく)、南に軍荼利(ぐんだり)、北に金剛夜叉(こんごうやしゃ)。護摩法要の時に拝顔できます。

鎌倉市十二所32 電話0467-25-0416
鎌倉駅東口から金沢八景・太刀洗行バス泉水橋下車徒歩4分
拝観時間 特になし
拝観料 無料

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