甘〜sweets

2015/12/27

「06 綱吉の時代へ、力餅でタイムトリップ 」

店の横手から、もち米の蒸されるふくふくとした香りが、温かい湯気とともに漂ってくる。むむ...うっとりと目を閉じてアゴを突き出し、鼻の穴を静かに膨らませながら、辺り一帯の空気を深く吸い込み、息を止める...

...そのまま5秒。

ゆっくり目を開くと、隣で餅をほおばっている男の顔が見えてきた。無精髭が少しのびて、頭の上にはチョンマゲが乗っている。カツラではない。生で見るリアル・チョンマゲは、毛先がちょっと不揃いである。男の全身は、まさに「水戸黄門」の助さん格さんと同じ旅姿だ。さすが長寿番組は、しっかり時代考証に基づいていたのだと妙なところに感心する。店の前に置かれた木の腰掛けに座って、お茶を飲む者たちもいて、前掛けをつけた娘たちがその間をひらひらと動き回り、注文を聞いている。

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力餅家

白木綿の大暖簾に、威勢よく太筆で書かれた店名は「力餅家」。
一番人気は、店名にもなっている「力餅」だ。なめらかなこし餡が、白い小さな餅の姿が見えなくなるくらいに乗せられた、シンプルな一品。シンプルだからこそ、原料や作り方に少しでも手抜きがあればすぐにバレてしまう。誤摩化しの効かないこういうメニューを看板商品にするところに、店の自負が伺える。

店は角地に立っていて、一方が御霊神社の参道入口に面している。御霊神社は、平安時代に建立されて、地元の祖先五家をお祀りしているのだが、五家の中でも、勇猛果敢だった「鎌倉権五郎さま」が飛び切りの人気者。

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御霊神社

「ゴンゴローさまの力持ちっぷりにあやかりたい」とお餅を供える者がたくさんある。そこから思いついたのが「力餅」というわけだ。

店の南側に面した道は、鎌倉と江ノ島を結ぶ、にぎやかな幹線道路。芭蕉が俳句を詠みながら全国を旅するという企画をはじめてから、すっかり世の中には「旅」ブームが広がって、お腹を空かせた旅人たちがひっきりなしに、この道を歩いていく。一服するのに、まさに「力餅」という名前はピッタリで、開店以来大当たり。

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力持ちの権五郎景正が手玉に取ってみせたという、手玉石 @御霊神社境内

これならこの店も、十年くらい続けられるだろうか...いやもっと長く孫の代まで五十年、百年、ひょっとすると三百年くらい続けられたら...などという展望は、今この時を忙しく送っている店主にはないだろう。

目の前の坂ノ下の海は、ゆたかな漁場として江戸にまで鳴り響いていた。初夏の鎌倉のカツオは、高級カツオの代名詞で、将軍さまへ送られた。芭蕉は、武士のまち鎌倉から、まだ生きている新鮮なカツオが出ていく様子を、「鎌倉を 生きて 出でけむ 初鰹」と詠んでいる。

ところが三百年先の未来では、カツオより、コツコツと作られるこの小さな「力餅」の方が、ずっと立派な名物になる...なんて、一体誰が想像できただろうか。

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力餅


将軍さまといえば、徳川綱吉は、3年前の貞享4年(1687年)に「生類哀れみの令」を発令した。このお触れはもともと、長く続いた戦乱の時代の空気を断ち切るために、殺生を慎むように〜と考案されたものだった。ただ、なかなか効力が表れない...、もっと取り締まりを強化しよう...と改訂を重ねていき、犬への虐待を密告した者に賞金が払われるとか、金魚にまで戸籍を作るとか、どんどんエスカレートしていって、庶民は反発してしまう...

まだ、「人権」などという言葉などなかった時代。あまねく「命」そのものに焦点をあてて、大切にしようというメッセージを法律にするなんて、前代未聞のこと。跡継ぎがいなかったから、捨て子が横行していたからetc.etc.発令の動機や背景には諸説あるけれど、兎にも角にも画期的な出来事だった。

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狛犬の母子 @御霊神社境内

「お犬さま」と揶揄されがちな徳川綱吉公は、まるでバカ殿のモデルのように描かれたりもする。でも、未来の目でもう一度見直してみると、当時の人からは容易に理解されないほど「先見性を持った将軍」だったのかもしれない。事実そのおかげで、日本はその後、大きく舵を切っている。世界でも稀な三百年という戦争のない平和な時代「パクス・トクガワーナ」が生まれ、各地で産業が育ち、ゆたかな江戸文化が花開き、庶民も安心して旅を楽しむことができるようになった。そして旅というものが、ここ鎌倉も元気にしてくれている。

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春季限定の草餅の力餅

餅の香りに誘われて、元禄三年(1690年)の「力餅家」創業当時に、タイムトリップ。しばらくこの時代を堪能して、2016年に戻ったら、将軍さまに御礼を言います。綱吉公ありがとう。

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*御霊神社は、平安時代末期の建立。はじめは地元の有力五家を祀っていたが、やがて人気の突出した鎌倉権五郎景正が一人祭神になった。権五郎は、後三年の役で先陣を切って戦い、目を射られても屈せぬほど強く、矢を抜くために仲間が顔を踏むことを許さないほど誇り高かった(しかもその後、矢は丁寧に抜かれて、目の傷も治ってしまった)という。境内には、その力量を伝える袂石(16貫=約60kg)と手玉石(28貫=約105kg)があり、供えられるのは「力餅家」の「力餅」。

「力餅家」
鎌倉市坂ノ下18-18
am9:00-pm6:00
水曜・第三火曜定休
0467-22-0513

白い餅の「力餅」は通年で作られるが、二月末から五月までは、春季限定「よもぎの力餅」が登場する。日持ちが少し長い、求肥の「力餅」は、やわらかくのびる。
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photo&文 中尾京子

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