祈

2013/12/24

「鶴岡八幡宮 御鎮座記念祭・御神楽」

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冬が歩みを進めたように深々と寒くなった12月16日、鶴岡八幡宮で執り行われた「御鎮座記念祭 御神楽」という祭典を見せて頂く機会を得ました。800余年の時を経て、現世の私の目の前でふたたび繰り広げられたその世界は、「幽玄」という言葉をまさに体感するような時間でした。

祭事が始まると、巫女がこの御神楽の由緒を語り始めます。
鶴岡八幡宮は、もとは源氏氏神の京都 岩清水八幡宮を現在の材木座付近(元八幡)に1063年(康平6年)に勧請したものであるが、その後、頼朝公の源氏旗揚げの際に現在の地に移される。ところが、ほどなくして1192年(建久2年)大火により、社殿はそのほとんどを燃え尽くされてしまう。これにあい、頼朝公はすぐさま社の復興を誓い、鎌倉幕府の宗社によりふさわしく、山懐を整地し上宮と下宮の現在の姿が整えられ、同年の11月21日に遷宮の日を迎える。800余年前のこの日、束帯姿の正装で頼朝公が参列され、京より伶人らを招いて奉仕させた秘儀を現今に継いでいるのが、この祭事である。

ふと、この祭事のまえに、宮司が話されていたお話しを思い出す。宮司の講話の、先の式年遷宮から日本の伝統文化へと連なるお話しの中で語られた、「継ぐ」ことで繋げる「永久(とこしえ)」という感性は、800余年という気の遠くなる様な年月の間の年々、繰り返され、紡がれ、いま私の眼前で執り行われているこの儀式の中にも在るのだ、と。

古来、庭燎を焚く時刻より夜を通して営まれた神事に沿い、辺りの夕刻の薄闇が落ちる頃、この日はすべての明かりが消されて、境内は自然の闇の中に沈みます。松明に火が点けられ、御神楽が始まり出すと、場の空気は一気に神聖な雰囲気に包まれていきます。



(神事の様子はこちらからご覧頂けます。@YouTube・無音声)


暗闇にほの白く浮かび上がる装束、耳に響く浅沓が踏みしめる石畳や砂利の硬い音、木々を揺らす風の音、葉のさざめき。闇の中で限られて見えるもの、聞こえてくる音は研ぎすまされ、そして、この身に届くように感じます。

宮司はお話しの中で、人は古来より神の姿を見たいと願ってきたが、それは見るものではなく感じるものなのだ-と説き、何のなかに神を感じるかは人によって異なるが、たとえば、それは光や風のなかであったり、重なり合う葉音や鳥のさえずり、季節を違わず咲き誇る桜の花、衣擦れの音、そうした中に神を感じる瞬間があり、今夜、執り行われる神事の時間の中でも、神を感じてくださいと穏やかに話されていました。

天体の運行と重なり合うよう、ゆっくりと静かに奏される神楽歌の、長くそして深く響く雅楽の音と、高く低くうねる様な唱和に包まれて、松明の炎に揺らめく巫女の黄金色の天冠や鈴を見つめるうち、漆黒の天空にチカと光るそれは、燃え上がる松明の火の粉なのか、はたまた夜空に浮かぶ星明かりなのか、ぼんやりとして、自分の居るこの場もどこか違う場へ移ったかのように思え、ただただその悠々とした時間のなかに浸っていました。

気付くと、正面にあった星が今や鎮守の杜の端に隠れようとしていて、時が経ったのだと理解します。そうして、すべての舞が納められ、御神楽の祭事がいよいよ終わりを告げようとしたその時、それまでの沈黙を破り、浜から一陣の風が上宮の社殿に向かい、吹き抜けていきました。とたんに寒さを思い起こさせたその風に、なにかを感じとったのは私だけだったでしょうか。


<RM>

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