恵

2014/05/09

「清右衛門のみちくさノート 5月号」

春はまるで瞬く間に行き過ぎる快速電車のように過ぎて、ふと気づいて見回すと緑のものの気配に埋没していこうとしている自分を見つけるのです。

 鎌倉の春はツバキが咲き出すことで始まります。ぼたぼたと落ちて敷きつめられる様子も美しく、寺社の庭も、山道も椿色に染まります。やがて、ヤマザクラとオオシマザクラが激しく開花するころには山々が芽吹きで蠢動し、わけもなく山に分け入りたくなって、まるでほのかに酔って辻辻を彷徨うような日々が訪れます。キブシが、アケビが、タチツボスミレが、飽くことなくその前に咲いていたものの間隙を埋めて咲き、息を吐く間もなく夏の影が日増しに現れて濃くなってゆきます。春は確かなものではなくて、流れそのもののようです。

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ツバキ(八重) Camellia japonica ツバキ科

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タチツボスミレ Viola grypoceras スミレ科


 さらに春は荒れ狂う嵐。足を踏み鳴らす舞踊。散りて咲き、散りて咲きして、ようやく息が整うころには静かにニョイスミレがぽつりぽつりと咲いて、崖には宴に遅れてきたようなマルバウツギがこぼれそうに白い花をつけます。春の温かな光はまず地面と木々を嘗め尽くして目覚めさせ、そのあとをおずおずと日陰の草木が付いてゆきます。この時期の花は活動する虫の変化に合わせて白く、それがまた日陰の濃厚な緑によく映えて目を引きます。

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ニョイスミレ Viola verecunda スミレ科

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マルバウツギ Deutzia scabra アジサイ科

 森の中では絶え間なく何かが降り注ぎます。咲き終えたコナラやクヌギやイヌシデの雄花。芽を包んでいた芽鱗。常緑樹の落ち葉。シャクトリムシたち。よく歩いている人の髪の毛や鞄にそれらがくっついて電車や車に乗った際に気がつかれるというのもこの季節ならではです。木々は、どんどん伸ばした新梢をしっかりさせていき、綿毛に覆われていた葉も毛を落として大人になります。


 例えば、ミズキやクマノミズキ。激しく地面から水を吸い上げ、切り倒せば切り口から水が流れ出すほどです。花は甘く香り、ぽたぽたと蜜を垂らして留まることを知りません。たくさんのハチやアブが花に集まって、騒ぎはさらに大きくなっていきます。同じように虫を惹き付けるのは、鎌倉の稜線に帯のように生えるスダジイの花の甘い香りです。遠くから見ると、重たい黒みがかった常磐色だったスダジイの木が、このころは金色に輝くような劇的な変化を見せます。森の中で耳を澄ませれば、どこか遠くで低く羽音が響いています。

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ミズキ Cornus controversa ミズキ科

やがて春の光がいちばん深くまで届いて、いちばん暗いところの花が咲くころにはようやく草木は静けさを取り戻して、代わりに虫たちが騒ぎだすのです。ちょうどそれが今、立夏です。

次回は、たぶんケイワタバコについて

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