2015年9月の記事一覧

2015/09/26

「長月の精進料理」

150909.JPG

だいぶ過ごし易くなってきましたね。空にはいわし雲が広がっています。たからの庭の秋海棠も可憐な花をつけています。
今月は重陽の節句、十五夜、お彼岸、秋祭りなど、行事も沢山ありますね。秋刀魚や栗、菊とガラッと食材が夏から秋に変わるのもちょうど今時分。
お月見にしようか、重陽にしようか、お祭り向きにお弁当にしようか色々迷いましたが、重陽の節句をテーマに献立を組んでみました。重陽は五節句のうち一番なじみが薄いのですが、古代中国では一番大きい陽数の九が重なる日「重陽」に、菊酒を飲み長寿を祈る習慣があり、日本には飛鳥時代に伝えられたとされ、平安時代には宮廷行事として観菊もさかんになって、明治時代までは日本でもほかの節句同様、行われていたとか。菊花で邪気をはらい、長寿を願って、お作りいただければと思います。

1.茸菊花飯 2.呉汁(ごじる) 3.ワカモレ菊最中 4.丘ひじきとズッキーニ、エリンギの浸し 5.玉蜀黍・枝豆の白扇揚げ、山芋の翁揚げ


1.茸菊花飯
黄菊は別名「阿房宮」といわれますが、秦の始皇帝が建てた大宮殿と同じ名前とはずいぶんとスケールが大きいですね。菊はその香りで邪気を寄せ付けないとされ、古くは重陽の前日に着せ綿といって真綿で菊花を覆い、翌朝その香りが移った綿で身を清めたのだそうです。そんなお清め効果のある菊花、現在でも生薬として乾燥したものが販売されており、冷え症改善や鎮静効果があるようです。
食用の生の菊は炊き込んでしまうと風味が飛ぶばかりでなく、色も退色してしまうので、きのこの風味がきいた炊き込みご飯の上に飾ってみました。

材料:米2・1/2C、昆布出汁570CC、しめじ1パック、酒・淡口各大1、塩一つまみ、菊1/2パック

1)菊はさっと洗ってから、花びらだけとります。
15090901a.JPG
2)熱湯1Lに酢大1と塩少々(分量外)を加えたところに入れて、箸でおさえながら20秒程度ゆで、冷水にさらし、盆さるにあげておきます。ゆでた菊花は絶対にぎゅっと絞らないこと。二度とほぐれず、団子状態になってしまいます。
15090901b.JPG
3)しめじは石付をとって、1本ずつばらして、長いものは1/2に切っておきましょう。
4)米は研いで水加減、調味し、15分以上置いて火にかけます。沸騰したら、しめじを入れて炊いて、10分蒸らしたらお茶碗に盛り付けます。
15090901c.JPG
5)ゆでておいた菊をザルの上からをやさーしく押す程度に水分を切り、散らしてください。


2.呉汁(ごじる)
"呉"とは大豆をすりつぶしたもののこと。この呉が入った味噌汁のことを呉汁といいます。大豆の甘みや馥郁(ふくいく)とした味わいをダイレクトに感じられる、素晴らしい汁です。各地にありますが、根菜類を入れたり、茄子だけだったりと、お国柄も感じられて楽しいですね。ぜひ定番になさってください。

材料:大豆1/2C、茄子2~3本、出汁4C、仙台味噌60g

1)大豆は洗って一晩水に戻して(最低6時間)、フードプロセッサーで少しつぶが残る程度につぶします。
15090902a.JPG
2)茄子はヘタをとって、縦に1/2にし、3mm程度の厚さで斜め切り、水にさらしておきます。
15090902b.JPG
3)出汁を火にかけ沸いてきたら、水を切った茄子をいれ2分程度煮て、呉を加えて5~7分、アクをひきます。
15090902c.JPG
4)青臭い豆臭が豆腐のにおいに変わったら、味噌を溶かし、火をとめます。


3.ワカモレ菊最中
重陽の節句は別名「菊の節句」とも言われています。菊を象ったもなかの皮にメキシコ料理の定番ワカモレを和風にアレンジしたものをはさみました。本来ワカモレにクリームチーズは入りませんが、水っぽくならないためとコクを出すため使用しました。茗荷や大葉といった和のハーブを入れるとぐっと和風になりますよ。

材料:アボカド1個、茗荷1個、トマト1/2個、紫玉葱1/8個、レモン汁大1、クリームチーズ80g、塩小1/2程度、胡椒少々

1)アボカドは縦に包丁を1周入れてからひねって半分にわり、種とを取って、実だけをボールにいれフォークなどで軽くつぶし、レモン汁をかけておきます。レモン汁は酸味をつけるだけでなく、色止めとしての役割もあります。
2)トマトは種を取って1cm弱程度の角切りにしておきます。種はもったいないのですが、水っぽくなってしまうので、はずしてください。
3)紫玉葱は荒微塵に切っておきます。
4)茗荷も荒微塵に切っておきます。
15090903a.JPG
5)常温にもどしておいたクリームチーズと2~4をアボカドに加えさくっと混ぜて塩胡椒で調味します。
15090903b.JPG
6)食べる直前、もなかに入れます。湿気てしまうので、なるべく早く食べてくださいね。
15090903c.JPG


4.丘ひじきとズッキーニ、エリンギの浸し
つい残しがちな丘ひじきですが、しゃきしゃきした食感はお浸しにぴったり。ミネラルや繊維質も豊富な食材ですので、ぜひ冷蔵庫でカピカピにする前に作ってみてください。

材料:丘ひじき1パック、ズッキーニ1本、エリンギ1パック、オリーブオイル大1
浸し地:昆布出汁1C、酒大1、塩小1/4、淡口小1/2

1)エリンギは食べ易い大きさにスライスして、浸し地にいれ、さっと煮ておきます。
2)ズッキーニは小口(大きければ縦1/2)に切り、薄うちし、さっとゆがいて水にとり、軽く搾っておきます。火を入れると緑が鮮やかになります。
15090904a.JPG
3)丘ひじきは下の固い部分を1cm程度切ってからさっとゆがいて、水にとり、軽く搾って食べやすい長さに切っておきます。
4)2~3を1の浸し地につけ、冷蔵庫でれきれば半日冷やしてから召し上がってください。
15090904b.JPG


5.玉蜀黍(とうもろこし)・枝豆の白扇揚げ、山芋の翁揚げ
白扇揚げは別名白妙揚げともいい、衣を白く揚げるのがポイント。長く時間をかけるとだんだん色がついてしまうので、火の通りやすい小ぶりの食材かあらかじめ火を通した具材を使って、新しい油で揚げます。
「翁」とつく料理はとろろ昆布を使った料理のことです。長寿の象徴の翁の長い髭をとろろ昆布で見立て、食材に巻いたり、衣にまぜたりして揚げたものが翁揚げです。今回は山芋に巻いて天ぷらにしました。

材料:トウモロコシ1本、枝豆100g、山芋10cm、朧昆布適宜、塩、レモン適宜
衣:小麦粉1/2カップ、片栗粉大3、昆布出汁70cc程度

1)トウモロコシは実だけ包丁でそいでおきます。むしると一見無駄がないようですが、ポップコーンのように跳ねて危ないので、必ずそいでください。
2)枝豆は茹でて、実を取り出しておきます。薄皮はむく必要がありません。
15090905a.JPG
3)山芋は5cm程度の長さ、1cm四方の短冊切って、朧昆布を巻いておきます。
15090905b.JPG
4)衣を作り、3を揚げます。
5)続いて1と2を小さなボールにあわせて大匙1程度入れて、衣も同量程度入れ、まぜてかき揚げの要領で焦がさないように白く揚げます。最初1分半くらいは入れたら動かさず、じっと固まるのを待ってから返してください。また小さいボールに1個分ずつ造ると材料にむらがでず、きれいに作れます。
15090905c.JPG
5)揚げたら軽く薄塩をふり、好みでレモンを絞って召し上がってください。
15090905d.JPG



レシピ&原稿:温石会 入江亮子
(北鎌倉たからの庭<旬を楽しむ精進料理> 9月の献立より)

2015/09/23

「覚園寺&明王院 仲田ご住職のお話が聞きたい!②『守り守られ明王院』の巻」

覚園寺と明王院、二つのお寺のご住職である仲田昌弘さんのお話。今回は、ご次男の仲田晶弘さん(しょうこうさん=写真)が副住職をされている明王院について伺います。

R0016940.jpg

熊野の神さまに繋がるといわれる「十二所(じゅうにそ)神社」があることから、「十二所」と呼ばれる地域。明王院は、この鎌倉北東エリアにあります。にぎやかな中心地から少し距離がありながら鎌倉幕府との縁が深く、鎌倉で唯一、五体の明王像をお祀りしている名刹です。

ボンズ・チーム(以下、ボンズ)
明王院さんのある十二所というのは、どのような土地でしょうか?

仲田昌弘ご住職(以下、ご住職)
十二所は、鎌倉幕府から見て鬼門の方角ですね。鬼門除けの祈願所として幕府の四代将軍藤原頼経によって1235年に立てられたのが明王院です。

仲田晶弘(しょうこう)副住職(以下、晶弘さん)
要は、朝比奈の峠からの入口。よく言えば鎌倉の玄関口ですよね。悪くいえば、鎌倉の一番はずれなんですけれど、僕たちは鎌倉の入口だと思っていて(笑)守りの要になるから、武家屋敷が多かったと言われていますね。そういうところには、大きめのお寺や、療養所が作られた。
たとえば極楽寺さんは、鎌倉の南西方向の入口で、忍性(にんしょう)さんというお坊さんによって、お寺の中に、ものすごく大きな総合病院のようなものが造られていました。

ボンズ:一般向けの病院ですか?

晶弘さん:もちろん。普通だったら打ち捨てられてしまっていたような癩病の方たちも、隔離政策ではなく一カ所に集めてどうやったら良くなるんだろうということをやっていたり、当時は薬とされていたお茶を、病気の人たちに振る舞ったという記録が残っているんです。

ご住職:忍性さんっていうのは、極楽寺を開く前、ここ明王院の住職だった。それから浄妙寺へ行って、極楽寺。
明王院には、収蔵庫に入る脇のところに、治療薬としてお茶を挽く石の臼と壷、石の壷がありますよ

晶弘さん:当時の人たちは、鎌倉に歩いて来るから、皆びっくりするわけですよ。鎌倉に来ると、総合病院があって、たぶんしばらく歩くと、見たこともないような大きな仏殿があって、その中にはどうやって作ったんだろう?というような大仏さまがいらっしゃって、今でいうスカイツリーのような。でもスカイツリーは700年後に残っているかどうかわからないですけれど、大仏さまは今でも残っている。感覚的には今の我々よりもその当時の人たちの方が、先を見ていたのかもしれませんね。

ボンズ:一千年残るものを造ろうという気概を持つことって、今は難しいですよね。
R0017006.jpg
ご住職:その頃のお寺というのは、すべてがだいたい、今の市役所や公共施設の代わりをやっていたところなんです
明王院の境内に入って来てすぐ見える裏の崖は、このお寺を造るために山を削った、いわば土木事業によるもの。崖の所にお寺を造ったのではなくて、山があるところに将軍がお寺を作るぞということになって山を削って造った、人工の崖だそうです。

ボンズ:公共事業ですね

ご住職:今でいう戸籍は、全部お寺が管理していて、お寺に"この村の誰それ"と言ったらすぐわかるようになっていた。それから檀家制度が作られたり。

晶弘さん:ただ鎌倉時代の後になると、幕府が移っちゃいますから、どこのお寺も苦しい思いをしたでしょうね。もとあった地所を売ったり、場合によっては仏さまを売ってしまったり、お道具を売ってしまったりしながら何とか伝えてきて今があるという...
明王院も、檀家さんがいない(お墓を持たない)お寺でどうやってきたのか、今もどうやっているのか?(笑) とよく言われますが、もう地元の方たちが守ってくださいましたね。それは本当にすごいなと思いますね。

ボンズ: それって、お寺を地域が守っているっていう考え方ですよね。今私たちにはそういう考え方ってなかなかないけれど、たぶんこの十二所の土地にはすごくそれがあるんですね。

ご住職:あなたたちは、守るものが多過ぎるんですよね。ウチは守るものはただ仏さまだけだから。

ボンズ:そういう考え方がもっと広がると...

晶弘さん:もう本当に。つい最近、ご本尊の不動明王さまの像が重要文化財指定になった時も、文化庁の人が最初に言ったひとことが「よく残っていましたねー」と。「よくお檀家さんもないのに、仏さまを売ることも盗まれることもなく、よく残っていましたね。」って、シツレイな!って思いましたけれど(笑)

ボンズ:地元の方が何はあってもこの仏さまだけはって、守って来られたんですね。

晶弘さん:住職が来る前は、専任住職がいなくて、金沢区の方が兼務していたけれど、ほとんどお寺に来ないという...

ボンズ:すごい。そんな状態で。

晶弘さん:その意識はね、たぶん今も、お寺を手伝ってくださっている方たちは持っていらっしゃいますね。
仏像の中に「造立名刹」という、どういう経緯でつくられたか書かれた札がよく入れられているのですが、不動明王さまの中からも出てきました。寄附してご奉納してくださった方として、浄妙寺村の誰それというお名前も載っていた。そこで、こんなのが出て来ましたよ、とお寺を手伝ってくださっている方たちにお話したら、しばらく皆さんシーンとして、「すまなかった」と...「その頃は十二所は農家だったから、そこまで余裕がなくて、仏さまをちゃんとお寺に奉納できなくてすまなかった」って仰るんですよ。いやいやそんな、そういうコトを言っているのではなくて、こういうのが出て来たっていうだけお話したくて、いやあの...と紹介した僕がすごく焦ってしまって(笑)
でもそんな風にお寺に関わってくださって、本当にありがたいなと思いました。そういう土地柄なんですよね。

ご住職:この土地で、それに恥じることをしては絶対にいけないな、という思いが自分の中にありますね。お寺はたくさんあるけれども、ここの土地の人たちは、まずここを先に考えてくださるし、私がもし何か失敗したとしても、土地の人が皆かばってくれる。変な噂が立っても、「うちの和尚はそんなことしない」と誇りに思ってくれている。

晶弘さん:僕はまだかばってくれないだろうな。「あー、やっぱり」って言われるだろうな(笑)

IMG_6621.jpg
ボンズ:鎌倉は特にお寺は多いですよね。

晶弘さん:例えでいうと、コンビニよりたくさんありますね。日本全国のお寺の数って、たしか今コンビニも抜いてしまっているかもしれないんですけれど(笑)

ご住職:宗教法人とっているお寺は全国でだいたい8万5千くらい。
鎌倉のお寺は、120くらいありますね。

晶弘さん:その中で、わざわざ選んで来てくださっていると思うと、もう本当に、お詣りにいらっしゃる方にはどの人にも運命感じちゃって(笑)

ボンズ:すごい(笑)

鎌倉の賑やかな中心地から少し離れたところにある明王院。だからこそ、お詣りにいらっしゃった方の心には、しっかりとお寺が刻み込まれていきます。
立派な茅葺きの本堂では、毎月28日護摩法要が行われ、どなたでも参加することができます。
次回は、お寺で「祈る」ということについて。ぐっとテーマが深くなります。
----------------------------------------------------------

■明王院(飯盛山寛喜寺はんせいざんかんきじ明王院)通称「五大堂」
http://www.myooin.com/
https://www.facebook.com/myooin?fref=ts
真言宗御室(おむろ)派
1235年四代将軍藤原(九条)頼経によって建てられました。
鎌倉幕府の鬼門除けとして祀られた五大明王は、不動を中心に、東に降三世(ごうさんぜ)、西に大威徳(だいいとく)、南に軍荼利(ぐんだり)、北に金剛夜叉(こんごうやしゃ)。護摩法要の時に拝顔できます。

鎌倉市十二所32 電話0467-25-0416
鎌倉駅東口から金沢八景・太刀洗行バス泉水橋下車徒歩4分
拝観時間 特になし
拝観料 無料

2015/09/14

「03 厄除けイレブン、福面まんじゅう」

神社が多い鎌倉は、お祭りの数も多い。
初夏から秋の深まる頃まで、あちらこちらから
お囃子の音が、風に乗って聞こえてくる。

くり返される太鼓のリズム、懐かしい笛の響き。
姿は見えなくても、ああ今年もまた
あそこのお祭りが始まるなあと、心が浮き立ってくる。

神社とご縁の深い和菓子屋には、
お祭りに合わせて作られる御菓子があって
そろそろだなと、これまた毎年の愉しみになる。

坂ノ下御霊神社の参道に店を構える老舗
「力餅家」に並ぶユニークな"顔"の御菓子は、
9月18日の例祭で行われる「面掛行列」にちなんだ
「福面まんじゅう」である。

福面まんじゅう.jpg

「面掛行列」とは「福面」と呼ばれるお面をかぶって練り歩く神事で

「福面まんじゅう」は、その11のお面をかたどっている。

*写真一列目左から、天狗・鬼・産婆・翁・福禄寿・異形・ひょっとこ・烏天狗・おかめ・鼻長・爺(お面との照合によって推定)*

ギョロリと見開いた目、長い鼻、細長いオデコ...etc.
一つ一つの造作が細かくて、彫刻的。
いずれの面相も、なかなかの迫力である。

手にとると、
焼き菓子の芳香がふうわりと漂い
おだやかな幸福感がやってくる。

うすく、やわらかなカステラ生地が、
しっとりなめらかなこし餡を包む和洋折衷。
洋と組んだ和は大成功だ。
食べやすくて、ペロリ...

と、いただけるのだが、
食べれば厄除けになり、福を招く という。
恐い顔、すっかり飲みこみ、福となす。


実際のお面を見ると、雰囲気と特長が
饅頭の型に、うまくとらえられているのがわかる。
*写真は、鼻長、烏天狗、翁
3men.jpg

「面掛行列」の順番は、神々の先導役として神話に登場する猿田彦(天狗)が先頭で、つづいて二頭の獅子頭を挟み、爺、鬼、異形、鼻長、烏天狗、翁、ひょっとこ(火吹き男)、福禄寿、おかめ(妊婦)、女(産婆=取り上げ)と決まっている。
その後ろに、お囃子、御神輿と長い行列が続くのだが、

なかなか不思議なメンバー構成である。

「猿田彦」は日本書紀・古事記にも登場する神、
「福禄寿」は七福神の一人で、もとは中国道教の神。
他は「鬼」あり、伝説の「烏天狗」あり、
「おかめ」「女」「火吹き男」「翁」「爺」は人間。
しかし「鼻長」は、顔の特長を言っただけで
「異形」に至っては、"普通と違う"という意味だけ。
もはや生物の種類になっておらず、果たして神か人間か...
異次元と現実が交錯する世界になっている。

「面掛行列」のルーツは、仏教の布教のために
お面をかぶって境内で踊った仮面劇*だという説がある。
目鼻の大きい、現実離れした面相は
シルクロードの異境の民の顔を象っていると...

たしかにお面を見ていると、
恐い顔なのにどこかユーモラスだったり、
どうしてそんな顔なんだろうという驚きがある。

お面に写し込まれているのは、もしかしたら
初めて異境の民に出会った時の恐怖や、緊張、
それでも沸いてくる好奇心や、ワクワク感など
昔の人が経験した感覚や、心の動きなのかもしれない

そこに日本の民間信仰、願いや祈り、
エンターテイメントの要素が織り交ぜられ
儀式としての形が出来上がっていったのではないだろうか。

yokonarabi.jpg

実はこの「面掛行列」は、もともと
江戸時代まで(1986年に神仏分離令が出されるまで)
"鶴岡八幡宮寺"の行事として
8月15日の放生会の時に行われていたもの。

御霊神社は、明治という新しい時代によって
はからずも、その歴史を引き継いだのである。

「面掛行列」は一年に一度しかないけれど、
「福面まんじゅう」をいただきながら
何度でもその謎めいた歴史を思い、
想像は自由に広げられる。

これもまた、愉しからずや。

fukumenfukuro.jpg

*仮面劇=
奈良東大寺に今でも伝わる かぶり型面の「伎楽<ぎがく>」のこと。
奈良時代に寺院で盛んに上演されたといわれている。
インド発祥で東南アジアやシルクロード周辺に広まり、日本に伝えられたため
彫りの深いさまざまな人種の面相の影響がみられると考えられる。

*2015年の「面掛行列」は、大雨のため中止となりました。また来年!
------------------------------------------------------

「福面まんじゅう」は、

坂ノ下の御霊神社参道入口に
江戸時代中期(元禄年間)から約三百年つづく
「力餅家」で、紫陽花の季節が終わった頃から作られます。

鎌倉市坂ノ下18-18
0467-22-0513
am9:00-pm6:00

坂ノ下御霊神社は、別名「権力五郎<ごんごろう>神社」ともいわれ
歴史は古く、平安時代に建立されています。
祀っている権五郎景時の命日とされる9月18日が例祭。
まず境内で五穀豊穣を祈念する儀式「湯立神楽」があり
つづいて、御神輿を担ぎ出し町内を練り歩く「面掛行列」になります。
どちらも演劇的、エンターテイメント性の高い神事です。

この福禄寿のお面は、
鎌倉七福神の一つ。
ふだんは宝物庫に保管されているので
社務所に声を掛けると拝顔できます。


photo&文 中尾京子

↑ページの先頭へ戻る

鎌倉のたか 
ら探し

  • 祈
  • 恵
  • 人
  • 智
  • 町
  • 食
  • 菜
  • 甘