2015年8月の記事一覧

2015/08/29

「葉月の精進料理」

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8月のたからの庭は蝉の大合唱が迎えてくれます。その声をバックに暑い暑いとあえぎながらも石段をのぼれば、ふっとした風の通る瞬間に、秋の気配を感じたり・・・。盂蘭盆会で茄子や胡瓜で牛馬を作り、ご先祖を迎え送った方もいたかと思います。お施餓鬼もこの時期に行うお寺が多いですが、この風習は鎌倉時代に建長寺から起こったのだとか。お盆の設えをしていると、自分も祖先によって現世に生かされていることに気づかされますね。
さて、今月は明の高僧、隠元禅師が伝えた中華風の精進料理「普茶料理」をご紹介します。この料理の特徴は、調理方法では油の多用ととろみが挙げられます。揚げたり炒めたりといった調理法が通常より多く出てきます。また雲片のような葛でとろみをつけて煮たり、蔴腐(胡麻豆腐)のように葛で練って固めたりといった料理も多いです。
盛り方も銘々ではなく、ひとつのお皿に人数分(基本は4人分)が乗る事、そして卓袱台で上下の区別なく一緒に食することなどが挙げられます。伝わった封建時代の当時ではかなり画期的な食礼だったに違いありませんね。
沢山のお料理を出すのですが、時間も限られているので今回は一部だけに留めました。またいずれ続きをやらせていただきますね。

1.蔴腐(まふ) 2.雲片(うんぺん) 3.清正人参(セロリ)の当座煮 4.金時草の浸し 5.行堂(ヒンタン)


1.蔴腐(まふ)
胡麻豆腐のことです。まさに葛料理、そして精進料理の定番ですよね。葛1:胡麻1:水5~6が基本の割合です。今回は練り胡麻を使いましたので胡麻の按配を少なめにしてあります。
うまく作るコツは火加減にあります。こげるのが怖くて弱火でいくら練っていても独特の弾力は出てきません。中火でまさに一生懸命に練って練って練り上げることです。そしてあっという間に固まってしまうので、出来上がったらすぐに流し缶に流しいれること。この辺がコツです。また本葛ほど冷蔵庫に入れるとボソボソになってまずくなります。冷やすときは冷水をお使いくださいね。

材料:流し缶(中)1個分
葛粉1/2C、練り胡麻大4、水600cc、味醂大1、塩一つまみ
出汁醤油:昆布出汁大3:醤油大3

1)葛は水に数時間はつけておき、練り胡麻を徐々に入れてよく混ぜて漉しながら鍋へ移します。葛を水に浸す理由はとても固く水に溶けにくいからです。夏場は冷蔵庫で保管してください。そしてよく混ぜたつもりでもなかなか混ざりきっていませんので、滑らかな仕上がりにするため、漉すわけです。
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2)1の鍋を最初は中火の強の火加減で、かき混ぜつつ火に掛け、のりのようなものが浮いてきたら火を少し弱め30分程度練っていきます。このとき絶えず底、脇と力強く手早くかき混ぜ続けてください。
3)つるっとはがれるようになってきたら、いよいよ終了です。最後に味醂と塩一つまみを加えひとかき混ぜして火を止め、水でぬらした流し缶にいれて冷水で冷やします。
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4)8等分にカットし、4個ずつ皿に盛り付けてください。好みで出汁醤油で食べます。
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2.雲片(うんぺん)
雲片は油でいためてから葛で煮込んだ料理。これも蔴腐(まふ)と同様、必ず普茶料理の一品として登場してきます。イメージ的には八宝菜に似ています。名前からもわかるように野菜の残った端っこを集めて作ったものがルーツです。なので何を入れてもいいのですが、春なら筍、グリーンピース、夏なら絹さやや枝豆、秋なら銀杏・・・といったなるべく季節の野菜を使ってください。野菜の風味が生きた素晴らしい料理です。

材料:人参30g、牛蒡1/4本、百合根各2片くらい、蓮根50g、干し椎茸3枚、エリンギ1本、木くらげ2枚、隠元4~5本
胡麻油適宜、椎茸の戻し汁+昆布出汁1.5C、塩1つまみ、淡口・酒・味醂各小1
片栗粉大1(大2の椎茸出汁で溶く)、芥子の実少々

1)人参は3cmの長さ、マッチ棒程度の太さに切っておきます。
2)牛蒡も人参と同じ長さ、太さに切り、アクがあるので水に放っておきます。
3)百合根は1枚ずつはがし、洗って傷がついているところは包丁で取り除き、鍋に入れて酒大1とひたひたの水を加え、さっとゆがき、そのまま湯止めしておきます。
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4)蓮根は皮を剥いて2mmの厚さのイチョウ切りにし、水に放っておきます。
5)干し椎茸は水で戻して2mmの暑さにスライスしておきます。
6)エリンギは3cmの長さ、2mmの厚さ、1cmの幅にスライスしておきます。
7)木くらげは水で戻して、さっと湯がいてから2mm程度の幅の千切りしておきます。
8)隠元はさっと茹でて、斜め切りにします。
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9)鍋に胡麻油を敷き、人参、牛蒡、蓮根を炒め、色が変わってきたら、百合根、干し椎茸、エリンギ、木耳も加え、椎茸の戻し汁と昆布出汁をあわせて1.5Cを入れて4~5分煮て調味し、最後に水とき片栗粉でとろみをつけ、盛付けたら芥子の実を振ります。
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3.油じ(ゆじ)
油じとは味のついた精進の天ぷらのことを言います。材料自体に味がついているもの、あるいは衣のほうに味をつけたて揚げたもので、一般的な天ぷらのように天つゆや塩などはつけません。お弁当などにも役に立ちますのでどうぞご活用ください。
梅干、巻き湯葉を揚げたら、衣に塩少々を加えて南瓜を揚げ、さらに青海苔を加えてじゃが芋を揚げます。色々な味が楽しめますよ。野菜ばかりなのと、味をつけた食材は焦げやすいので、揚げる温度は160~170度で揚げてください。

材料:衣:小麦粉1C弱、昆布出汁1/2C程度

1)梅干
塩抜きした梅干各1個を衣にくぐらせ、さっと揚げます。
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2)巻き湯葉の有馬煮
巻き湯葉各2cm、出汁1/4C、淡口・味醂各小1、粉山椒少々で一旦煮含めてから、衣にくぐらせて揚げます。
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3)南瓜
カボチャを幅4cm、長さ2cm、厚さ1cmにカットして、塩を加えた衣で揚げます。
4)じゃが芋の磯辺揚げ
ゴルフボール程度の大きさのじゃが芋を櫛形に4等分し、青海苔少々を加えた衣で揚げます。
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4.素汁(そじゅう)
普茶料理では最初に澄汁という季節の花の塩漬けなどが入った白湯を出しますが、その後料理とともに出てくる汁が素汁です。季節の野菜を使用したものが多く、今回は玉蜀黍(トウモロコシ)のすり流しにしてみました。なんともいえぬ玉蜀黍の甘みがたまらない汁です。隠し味は白味噌。国が出ます。

材料:トウモロコシ1.5本、昆布出汁5C、塩小1弱、白味噌大2程度、片栗粉大1(大2の出汁でとく)

1)トウモロコシは蒸して実だけをむき、出汁の半量とともにミキサーにかけます。
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2)鍋に1を入れ、残りの出汁と味噌を加え煮立たせたらアクを引き、塩を加え片栗粉でとろみをつけます。とろみをつける理由は、トウモロコシが沈まないためです。
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5.行堂(ヒンタン)
行堂とはご飯を入れる片手桶のこと。それが転じてご飯自体を言うようになりました。今回は盂蘭盆にもぴったりな蓮の実の炊き込みご飯にしました。栗のような上品な甘やかさがあるご飯です。

材料:米2.5C、蓮の実1/2C
昆布出汁3C、塩小1/2、酒大1

1)蓮の実は前日から水に漬けておき、さらにやわらかく茹でます。大体20分程度はかかります。ほとんどの乾燥蓮の実は芯がとってありますが、10%くらい取れていない場合があります。芯の部分はとても苦いのですべて取り除いてください。なお、この芯だけを集めたものは蓮心茶という不眠に効く漢方茶として市販されています。
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2)米はとぎ、ザルに上げて15分程度おいてから釜にゆでた蓮の実とともにいれ、調味し、浸水時間を15分は置いて炊きます。10分蒸らしたら天地を返して盛りつけてください。
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ほかに、漬物=醃菜(エンツァイ)
中国では白菜の古漬のようなものが同名で売っています。今回は市販品の沢庵とすぐき漬けにしました。



レシピ&原稿:温石会 入江亮子
(北鎌倉たからの庭<旬を楽しむ精進料理> 8月の献立より)

2015/08/20

「02 切ない饅頭、水まんじゅう」

まんじゅうにも季節があることを、知らなかった。
鎌倉の和菓子屋さんで気がつくまでは...

長谷『するがや』の店頭で
「水まんじゅう」の文字を初めて見た時、
いったい全体 どんなまんじゅうなのかと、
体内のまんじゅうDNAがざわついた。

それは、夏が終わると姿を消してしまう
まんじゅうであった。

材料は、葛粉・砂糖・澱粉・あずき、以上。
しかし書かれていない材料がもう一つ、「水」である。
このシンプルな材料から、かくも至福なるものが
生まれるとは。

「水」を制すもの、「和菓子」を制す。
まさに、水マジック。

この白濁したまんじゅう生地は
こしあんを包み、まあるいカタチのまま持ち上げることのできる
ギリギリの水加減、ギリギリのやわらかさで成立している。

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アイスクリームのコーンのように折られた笹の葉から
プリンと顔をのぞかせた水まんじゅう。

緑と白の対比が、すでに目に涼しい。
手に取ると笹の葉がほのかに香り、
口に入れた瞬間から、
ひんやり、ぷんわり、つるるんん
噛むというよりトロけるままに溶かしながら
ノドを通り抜けるところまで、快い。

海からの南風が吹く
湿度の高い鎌倉の夏に
この清涼感はたまらない。
まんじゅう万歳!


鎌倉の夏には、
いくつもの特別な日がやってくる

提灯が夜空に浮かぶ八雲神社の大町まつり
御神輿が沖まで船で渡る石上祭り
浜で見上げる花火大会(今年は残念ながら中止)
鶴岡八幡宮の境内を飾るぼんぼり祭り
真夜中の覚園寺にお参りする黒地蔵縁日
お盆を迎え
建長寺や円覚寺などでは施餓鬼会の法要があり
盆踊りで浜や境内がにぎわい...

でも、夏は短い。
その姿をつかまえた、と思った頃には
もう季節は先へと進んでいる。

日ごとに日暮れは早くなり
気づけば草むらの鈴虫やコオロギたちが
リンリンと鳴いている。

まぶしい光の日々は、
あっという間に過ぎ去ってしまう。
水まんじゅうも行ってしまうのだ。

鎌倉の夏が、少しずつ秋へと移りゆく時、
去りゆく時間を惜しみながら
つるるんといただく水まんじゅうは、
切なくて、しみる。

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するがや
鎌倉市長谷1-11-21
0467-22-1886

水まんじゅうは、こし餡のほかに、
メロン餡、マンゴー餡もあり。
白玉粉と葛粉で作られた「水大福」も夏季限定。

12月に創業78年(昭和12年12月12日創設)イチニイチニイチニ
由比ガ浜通りの本店の壁にかけられたモノクロの写真から
当時の活気が伝わってきます。
店先で焼いている「どら焼」が目印


photo&文 中尾京子

2015/08/04

「覚園寺&明王院 仲田ご住職のお話が聞きたい!①『覚園寺のペーター』の巻」

「智」第一弾で、建長寺の高井和尚さまから
"一番鎌倉らしいお寺"と教えていただいた覚園寺(かくおんじ)。

「智」第二弾には、その覚園寺と、明王院(みょうおういん)という二つのお寺のご住職で、鎌倉仏教会会長でもいらっしゃる仲田昌弘さんと、ご次男で明王院副住職の仲田晶弘(しょうこう)さんに、ご登場いただきます!

まずは、覚園寺のお話から...
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覚園寺は、「国史跡」にも指定されている、静かな谷戸のお寺です。
林の木立を通っていく境内、十二神将が薬師三尊像お守りする薬師堂など、美しいお寺は、どのような歴史を辿ってきたのでしょうか...



ボンズ・チーム(以下B)
ご住職は、ご幼少の頃から覚園寺さんにいらっしゃったのですか?

仲田昌弘ご住職(以下、ご住職)
覚園寺で生まれ育って、東京の品川のお寺にしばらくいて、また鎌倉に戻ってきました。子どもの頃は、覚園寺でヤギを飼っていましたよ。

B:えっ、ヤギがいたのですか!今の覚園寺さんからは、想像もつきません。

ご住職:そう。戦中にヤギ。水道もない井戸水の時代でね。

仲田晶弘(しょうこう)副住職(以下、晶弘さん)
リアル・ペーター*ですよ(笑)

*「アルプスの少女ハイジ」に登場するヤギ飼いの少年


B:覚園寺さんにペーターが(笑)...戦中の頃というと、お寺はどういう状態だったのですか?

ご住職:ああ、それはもう、どうしようもない状態。鎌倉中のお寺は皆困っていたけれど、特に覚園寺は、足利尊氏の棟札*があるというので『逆賊』だと。明治維新になってから大正昭和の初期、戦争に負けて時代が変わるまではもう、ずっと冷遇されましたね。

*覚園寺は、鎌倉時代前期に薬師堂が建てられ、幕府執権の北条氏に大切にされてきました。室町時代には足利氏の祈願所として栄え、1354年に薬師堂の屋根を修理した際、足利尊氏が書いたという棟札が、残されています。


B:足利尊氏は、戦中まで随分ひどく言われていたそうですね。

晶弘さん:後醍醐天皇に逆らった恐ろしい国賊の足利尊氏が建てたのはこちらのお寺か、と。足利尊氏の棟札があるのは動かぬ証拠なので。でも、もちろん皆が皆そう思っていたわけではなくて、それでもちゃんとお詣りしてくださる方がいらっしゃったそうです。

ご住職:その当時は、自給自足でね。

B:畑をされていたのですか?

ご住職:そうそう。山の恵み、山芋とか、グミとか、いろんなものが山の中にできるとそれを取りに行ったり。山から枯れ枝を集めて薪にする。


B:戦争の前は、関東大震災もありましたね。

ご住職:関東大震災では、御堂もお薬師様もめちゃくちゃになったんです。その頃、住職を引き継ぐために覚園寺に入ったのが先代(=仲田昌弘ご住職のお父さま)で。これはすごい仏さまだ、このままにしておいたらいけないと、今の文化庁の始まりの国立博物館に行ったんですね。鎌倉に覚園寺という寺があると。そこの仏さまがバラバラになっている、今直しておかなかったら一生直らないから見てくれと。そう言って帰ったそうです。
その時、まだヒラの下っ端だったのが、田山方南(文化財の保護で活躍した文化庁の官僚)で、変わった坊さんが来たから行ってみようか...というのが修復のきっかけ。完成したのは戦後、昭和25年くらいかな。

B:ということは戦争の間は、まだまだそのままで、

ご住職:カケラをミカン箱に集めておいて、それを一つ一つ、覚園寺に皆泊まり込みで直していったんですよ。

晶弘さん:片手が落ちたとかってそういうレベルじゃないですからね。全部バラッバラ!昔の写真を見ると、お薬師さまを囲んでいた十二神将の像なんて荒縄で縛った木の束で、ポンと置いてある。たぶんコレじゃないかなあ、と集めて組み立てていったんですね。

B:わぁ、大変な作業ですね。

ご住職:そうやって多くの方のチカラを借りて、御堂も修復されました。先々代も、ああ、これで安泰だ、このままにしておけば大丈夫だよといって、先代にバトンタッチ。それからしばらくして、拝観料をいただいて、時間を区切って境内を拝観というスタイルになったんです。それまで私が子どもの頃なんて、境内で野球やったり、槙の木*にぶら下がったり(笑)
*覚園寺の境内中央にあり、樹齢800年ともいわれる立派なイヌマキの木

晶弘さん:ええっ神奈川の名木百選ですよ、やめてくださいよ〜と今言ってもしょうがないですね(笑)


B:今私たちが見る覚園寺さんと当時の風景は、かなり違うんですね。

ご住職:まるっきり違うね。木はボウボウに生えていて、切っては薪にして燃やしていた。先代は鎌倉一の貧乏寺だって。それが売りだったんですよ(笑)
竹なんかちょっと放っておいたら、家の中にタケノコが出てくる。

晶弘さん:あ、生えてましたね一本!本当に漫画みたいに、床から盛り上がって突き出てくることがありましたよ(笑)

ご住職:あんまりひどいから、私が住職になってからは木を切っていったんです。裏山も。保護法が厳しい時だったものだから、鎌倉市も県も来て怒って*、罰しますよと言う。それでは、もし切らないで事故があったら県と市が責任を持つとハンコ押してくれますか?と聞いたら、ハンコ押さなかったですよ。結局手を入れて、今の姿になったら、皆さん喜んでくれた。

*高度成長期以降、土地の乱開発から山林を保護するために法律が作られたのですが、人工的に植えられた木材用の杉なども需要の激減とともに放置され、山林は荒廃。人が関わってきた山林には、人の手が適度に入ることで、豊かで美しい里山が保たれることが、今ではわかってきたのですが...


B:今の覚園寺さんの姿を見られる私たちは、とっても運がいいということですね(笑)

ご住職:ちょっとお寺の話を超えてしまうけれど、もともと里山だった鎌倉で、こんなに木が大きくなることは過去なかったでしょうね。

晶弘さん:僕はよく歴史に詳しい考古学の先生(鎌倉の知人)の話を聞くんですけれど、ある意味これだけ緑が豊かなのは、幕府が開かれてから今が一番ですと(笑)だから自然保護の運動する人が「昔の姿を取り戻せ」っていう話をもし一言でもしたら、それはまず何時代の話ですか?と聞くそうです。ちゃんと地質のボーリング調査、花粉の調査をして、昔の鎌倉だったら花粉症は存在しません。杉の花粉が出て来ません。松の花粉がちょろちょろっと出てくるだけで。まわりの一大都市を山の燃料が支えていたわけですから。

ご住職:放置した山林は崖崩れしやすい。かといって山の手入れは手間もコストもかかる。だから今度はぜーんぶコンクリで固めちゃう。あんまりやると牢獄だね...皆さんはそんな風には感じないかな?

B:感じます。安全のためとはいえ、コンクリは残念です...。覚園寺さんの境内は、ほとんど地面が土ですね。

ご住職:土のあるところは鎌倉の良さだから、覚園寺と明王院は残そうと。
鎌倉に戻ってきてしばらく、鎌倉中を私は足で歩いたんですよ。土を踏んで歩ける道というのは、山以外、お寺でも案外なかなかないんですね。

B:たしかに、思い浮かぶところが意外と少ないです。

ご住職:舗装して何かここに新しいものを建てて開発するっていう気運には全くならなかったわけですよね。皆で何とか守ってきた結果が、風情を一番残していると言っていただくことに繋がっているのかな。もしかしたら歴代の住職さまがもっとここは残したかったのに...と仰ることがあるかもしれませんけれど(笑)

B:お話を伺うと、やっぱり風情を生かすっていう意味では、ご住職のデザインがあったんだなあと感じます。

ご住職:いやいやデザインというより、お金がないのよ。簡単に言ったら(笑)
だから事足りればそれでいいわけ。
ただこれがもし、観光中心にして何かしていたら、もっと違っていたとは思うね。あえて、雨や道が悪い時は覚園寺はいっさい閉める。前もって電話してくださっていたら、お詣りのご案内はしますけれど。

B:雨でも歩きやすいように舗装する、というのと逆の発想ですね。

ご住職:でもホントお金はない、それが一番よかった(笑)その代わり、先代たちが残してくれた人脈があるんですよ。金脈以上の人脈がある、これがありがたいです。うん。

B:なんだか、いろんなことが今つながりました(笑)


中世の面影を残すといわれる覚園寺。災害や苦難を何度も乗り越え、守られてきたのですね。しみじみ。「貧乏」なんてご住職はおっしゃるけれど、近代的な造形物をもたない佇まいは、今かえって大きな「豊かさ」を感じさせてくれます。
次回は、ご住職を務めるもう一つのお寺「明王院」のお話です。


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■覚園寺(鷲峰山真言院覚園寺)
古義真言宗泉涌寺派
1218年北条義時が大倉薬師堂を建立。
1296年北条貞時が再び元寇がおこらぬことを祈り、僧、心慧(しんえ)を開山として覚園寺をあらためて建立しました。
もとは律・真言・禅・浄土の四宗を学ぶ四宗兼学の道場。
今も毎年8月10日の「黒地蔵縁日」には、薬師堂の手前にある地蔵堂が開かれ、深夜0時から長いお参りの列がつづきます。

鎌倉市二階堂421 電話0467-22-1195
鎌倉駅から大塔宮行きバスで終点 大塔宮下車。鎌倉宮の鳥居に向かって左へ600mほど。
拝顔時間 10時〜15時の一時間毎に案内(平日は12時をのぞく)
4月27日、8月、12月21〜1月7日、雨天・荒天時は休
拝観料300円 / 境内写真撮影禁止

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